7年前。

震災により亡くなったすべての人たちへ

心より謹んで哀悼の意を表します



2018年3月11日 菊池健一




https://youtu.be/cQlKfkQrtbI
鎮魂歌 nightly waltz を捧げます


今一度、助け合った、心配しあった5年前の記憶を辿ろう
http://sj200.blog83.fc2.com/blog-category-19.html

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2018.03.11 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 東日本大震災

記憶

前回のブログを書いた夜に熊本の地震

蘇ってしまって、記憶が蘇ってしまって、。

普段みないテレビのニュースに眠れず釘付け

連続して襲う地震にどれほど苦しまれていることでしょう

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金曜の夜、音楽仲間のTOYOさんが仲間の支援をいっぱい積み込んで

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熊本へ出発

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土曜日の夜には益城町に到着して

発電機をたいて避難していた地域へ物資を無事届けてくれたと連絡をもらいました


2011年のときもそうだったけれど、やはり現場に行くのとテレビで見るのとは違うからと

いろいろなところへ出向きながら情報を集め帰路につくとのことでした。

安全に帰ってきてね


「あのとき世話になったから」 と笑うけどTOYOさんは凄いよやっぱり。




九州の被災者のみなさんの不安が1日も早く消え去る日が来ることを祈るばかり。




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2016.04.25 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 東日本大震災

Requiem

2016年3月11日(金)

あの日経験した者たちにとってもは心が揺れ動いてしまってどうしようもなくなる日

ひとりでいるべきではない日

生き残った仲間と共に多くの犠牲者へ手を合わせる日

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ヤンマッキーさんのご実家の松木魚店の前

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ヤンマッキーさんが気仙沼からたくさん買ってきた復興キャンドルに火を灯し

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すべての便利なモノをOFFにして

あの夜のようにキャンドルの灯りだけで語りあったよ

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やがてギターに手を伸ばして

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揺れる炎の中

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僕なりの鎮魂歌をともだちのギターと歌ったよ


大切だったひとたちの愛を紡ぐのは僕らだから。


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2016.03.12 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 東日本大震災

5年前。

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僕は問いたい

薄れていないが、濃くはないことを

変わったが、変わっていないことを

どうか報道に惑わされないで。

良い方向に向ってなんていない。

弱きひとたち、苦しんでいる人たちへの眼差しを忘れてはいけない

亡くなった人たちがくれた愛を忘れてはいけない

他のこと等忘れてしまえ

この世代では片付かない経験をしてしまった事実


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先日、友と荒浜まで行ってみた。

震災前から浜辺で寝転んでいた海辺の町。

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震災10日後にも友と八島さんとで訪れた。

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僕らは誰一人言葉を発せらなかった。

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5年後の現在はただ

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観音様と

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鳥居が建てられているだけ

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しばらくぶりに眺める砂浜。





今一度、助け合った、心配しあった5年前の記憶を辿ろう


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2016.03.11 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 東日本大震災

requiem

震災により亡くなった友だちのお母さんへ、そして全ての人たちへ

心より謹んで哀悼の意を表します


2015年3月11日 菊池健一




あたりまえがあたりまえじゃなくなった日

あの日を決して忘れない

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photo by mast sugano

いや、忘れられるはずがない

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月明かりの下、地獄のような景色の中

仲間を探したことを

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どこにも食べるものが売っていなかったことを

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すぐにやっさんが困難なルートを使って支援に来てくれたことを

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今でも支援の拠点になってる直@坊さんの活動を

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結局、自分にはできることしかできなくて(今でも)

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たとえ震災で車が錆び付いても

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圧縮されて処分されても

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僕らは忘れない。

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先月見た福島の景色。

何が復興?

震災直後のまま。

なんにも解決されない町、たくさんの人に目を向けず

それでいてオリンピックだ、平和憲法改正だ。戦争だ。

偏った報道。

先人たちの心を踏みつけ

どうなってんだろう?

誰にでもわかることだろう

震災直後のあの恐怖よりも現在の状況の方が恐怖だ。


今こそ目を覚ますときだ

今度ばかりは流れに身をまかせると取り返しのつかないことになる

放射能のように

地球の活動よりも一部の人間のやらかすことの方が取り返しのつかない結果を生む。

もっと人に興味をもって愛する仲間たちをもっと愛そうよ

そうしたら、

そうしたら



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2015.03.11 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 東日本大震災

Lost Town

2015年2月28日(土)

りきまるサンと神奈川県海老名市でのLIVEへ向かう途中の話です。

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車を走らせ、東日本大震災以降初の双葉町へさしかかる

高く晴れた青い空と何事もなかったような住居群

それが無人であることのギャップが

頭と心を変にさせる

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メインストリートも各個人住居へもバリケード

「帰宅困難区域」

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明るい未来の真の姿

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本当にここが震災の前の年に訪れた時、

町の人たちの笑顔で溢れていた場所なのだろうか

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僕は間違いなくこの街へ来ていた

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この体育館の横でたくさんの町の人たちとお祭りに参加して盆踊りを眺めていた

人懐っこい町のひとたちから西瓜を一切れいただき

足元に飛んできたショウリョウバッタを草むらに逃がしてあげた

http://sj200.blog83.fc2.com/blog-entry-454.html

そう、間違いなくここでたくさんの町のひとたちに触れた。

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僕は間違いなく町のひとたちの美しい踊りを眺めていた

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この町で生まれ育ったひとたちは何処へ

僕の唄を気に入ってくれたヤスさん夫妻の生まれ育ったこの町よ

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推進しているお方よ

仕方がないと言っているあなたよ

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来てごらんなさいな

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この放射能で汚染された町に

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震災直後のまま解体も出来ない富岡町を

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歩けるなら歩いてごらんなさい

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解体できない理由を考えてごらんなさい

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人々が生活していたことを

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一軒ずつ回って

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想像できるなら

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人間はこの町に何をしでかしたの?

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自然災害以外の視えない何をしでかしたの?

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この静けさの中ならよく考えられるかも

時折囀る野鳥はすぐに何処かへ飛んで行くよ

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このレールの先には何があったんだろうね

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負の遺産を相続するのはどの子たちなんだろうね

僕には子供はいないけれど想像できるよ

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本置き場はこの国のどこにあるの? 世界のどこに? 

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増え続ける放射性廃棄物の本置き場は

地球のどこに? 宇宙のどこに?

当然、何万年も置いてもよいって場所のことだよ

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やれ平和憲法改正だ (やれ戦争だ)

やれ世界中の選手招待してオリンピック競技だ

やれ辺野古の美しい心のひとたちを殴っただ



やれ安全なので原発再稼働だ



誰が言ってるの?


来てみてよ。

今回僕は入っちゃいけないところには一切入っていないよ。

来れるんだよ。

失われた町に。



真実を見つめる勇気があるなら。

その後に議論しようね。

原発も戦争も絶対にいらないんだよ。




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2015.03.05 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 東日本大震災

requiem

震災により亡くなった友だちのお母さんへ、そして全ての人たちへ

心より謹んで哀悼の意を表します


2014年3月11日 菊池健一


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友とその日のことを自分たちが撮っていた写真や映像を振り返り見てみた。

そして現状を冷静に見つめてみる。



弱き人たち、苦しんでいる人たちへの眼差しを決して忘れてはいけない

亡くなった人たちがくれた愛を決して忘れては行けない



放射能を海に放出しまくって原子力発電を稼働させてはいけない

あの日確かに目覚める瞬間が訪れたのだから


物事の判断基準は次世代への心のみ

これ以上人や動物や植物が住めない土地を作ってはいけない



鎮魂歌


http://youtu.be/v8pa9212RC8








今一度、助け合った、心配しあった3年前の記憶を辿ろう



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緊急ポスト#3 (2011年3月12日)

3月12日朝方まで断続的に使えていたiPhoneのSoftBank通信網が使用不能に。
21:00 現在、圏外から断続的に復帰してるのでポストします

八乙女ベースに集まっていた仲間とは昼前に各自宅へ移動
その後通信網遮断のため、部屋にあった古いラジオを使用。唯一の情報源。

八乙女駅周辺を歩く。コンビニに長蛇の列。もう食料入手は困難。パチンコ店隣で焚き火の家族。
街路樹が何本も切られていた。
駐車場の出口の遮断バーは切断されて駐車していたクルマはそうやって出て行ったんだな。
非日常的光景の連続。


15:00ころラッキー及川がスクーターで部屋に来てくれた。
家族も無事。家屋も無事。クルマは立体駐車場のまま停電。
無事で良かった!
やはり昨日はauの人たちに一切メール等届いていない様子。


自宅、電気、ガスストップ。
水はかろうじて出るので必要な人は来てほしい。


食料入手が困難、ガソリンは昨夜一カ所発電機で給油してくれたスタンドで給油。これはでかい。
iPhoneの充電器はシガーライターソケットのみだから。


仙台駅前付近は電力復帰したところがある情報。アーケードあたりを目指してみるのもあり。
ただし信号もほぼ停止、物質供給不足なため極力ある資源を大切に使おう。


21:00、昨夜のように腹ちゃん、ツッキー、chacoちゃん、八乙女ベース集合。
明日以降の行動をミーティング。
腹ちゃんのクルマの地上波テレビ放送での惨劇映像に心が折れそうになる。けどみんな生きるべ!
水はここにあるからね!


今後暗くなるのを合図に八乙女ベースに集合予定。心細いみんな集まって助け合おう



昨日から安否確認出来た仲間の続報

3/11
JJ、静香ちゃん、由美さん、TOYOさん、腹ちゃん、GHQ、嶺岸さん、インディアンサマーママ、三本木ベンチタイムマスター、ナッシー&家族、フクちゃん、進ちゃん、ふみえさん、Sannyさん、Chris、まーくん、swing bird、関根さん&家族、八島順一さんのお母さん、中條真一アニキ、メバル姉さん、ナンシー、カツオさん、カホリさん&家族、cozyさん、

3/12
ラッキー&家族、TAKAのみんな、ガラさん、トラさん、Sherryさんの家族、GOくん、YOJOバンドメンバー(ともやさんだけ連絡とれず)、Laobanさん、nakedたつやさん、バヨリンおじさん、


昨夜から由美さんの連続がいっさい取れません! 情報ください!
断続的に全国の仲間から安否確認の連絡が来てますが返信が困難、この記事にかえさせていただきます。

「無事です! 落ちついたら連絡するからね!」



2011年3月12日 21:28 (23:56再更新) 菊池健一





2011年3月15日付トップページ画像

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2011年5月トップページ画像

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2014.03.11 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 東日本大震災

薄れない記憶。変わっていない事実。

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変わったが、変わっていない。

薄れていないが、濃くはない。

どうか報道に惑わされないで。

良い方向に向ってなんていない。

飛んでいるのは他国からの汚染物質じゃなくて自国の汚染物質

きれいに片付いてることなんてひとつもない。

ただ無くなっただけ。

報道されないことがたくさんある

避難所生活での自殺、DV

絶望だと感じさせるこの空気は?

弱きひとたち、苦しんでいる人たちへの眼差しを忘れてはいけない

亡くなった人たちがくれた愛を忘れては行けない

他のこと等忘れてしまえ

この世代では片付かない経験をしてしまった事実






今一度、助け合った、心配しあった2年前の記憶を辿ろう



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緊急ポスト#3 (2011年3月12日)

3月12日朝方まで断続的に使えていたiPhoneのSoftBank通信網が使用不能に。
21:00 現在、圏外から断続的に復帰してるのでポストします

八乙女ベースに集まっていた仲間とは昼前に各自宅へ移動
その後通信網遮断のため、部屋にあった古いラジオを使用。唯一の情報源。

八乙女駅周辺を歩く。コンビニに長蛇の列。もう食料入手は困難。パチンコ店隣で焚き火の家族。
街路樹が何本も切られていた。
駐車場の出口の遮断バーは切断されて駐車していたクルマはそうやって出て行ったんだな。
非日常的光景の連続。


15:00ころラッキー及川がスクーターで部屋に来てくれた。
家族も無事。家屋も無事。クルマは立体駐車場のまま停電。
無事で良かった!
やはり昨日はauの人たちに一切メール等届いていない様子。


自宅、電気、ガスストップ。
水はかろうじて出るので必要な人は来てほしい。


食料入手が困難、ガソリンは昨夜一カ所発電機で給油してくれたスタンドで給油。これはでかい。
iPhoneの充電器はシガーライターソケットのみだから。


仙台駅前付近は電力復帰したところがある情報。アーケードあたりを目指してみるのもあり。
ただし信号もほぼ停止、物質供給不足なため極力ある資源を大切に使おう。


21:00、昨夜のように腹ちゃん、ツッキー、chacoちゃん、八乙女ベース集合。
明日以降の行動をミーティング。
腹ちゃんのクルマの地上波テレビ放送での惨劇映像に心が折れそうになる。けどみんな生きるべ!
水はここにあるからね!


今後暗くなるのを合図に八乙女ベースに集合予定。心細いみんな集まって助け合おう



昨日から安否確認出来た仲間の続報

3/11
JJ、静香ちゃん、由美さん、TOYOさん、腹ちゃん、GHQ、嶺岸さん、インディアンサマーママ、三本木ベンチタイムマスター、ナッシー&家族、フクちゃん、進ちゃん、ふみえさん、Sannyさん、Chris、まーくん、swing bird、関根さん&家族、八島順一さんのお母さん、中條真一アニキ、メバル姉さん、ナンシー、カツオさん、カホリさん&家族、cozyさん、

3/12
ラッキー&家族、TAKAのみんな、ガラさん、トラさん、Sherryさんの家族、GOくん、YOJOバンドメンバー(ともやさんだけ連絡とれず)、Laobanさん、nakedたつやさん、バヨリンおじさん、


昨夜から由美さんの連続がいっさい取れません! 情報ください!
断続的に全国の仲間から安否確認の連絡が来てますが返信が困難、この記事にかえさせていただきます。

「無事です! 落ちついたら連絡するからね!」



2011年3月12日 21:28 (23:56再更新) 菊池健一





2011年3月15日付トップページ画像

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鎮魂歌


http://www.youtube.com/watch?v=ERi6r4e3cJQ



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2013.03.11 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 東日本大震災

ストロベリーライン・フォーエバー

2012年7月10日(火)

カブトムシを見つけた、その帰り道。

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東日本大震災ので津波被害が尋常じゃなかった山元町から亘理町

ストロベリーラインと呼ばれた道路の両脇に続くいちごのビニールハウスももう何も無い


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積み上げられた人の思いでのカケラ、

やっぱり瓦礫とひと言では言うことが出来ない、。

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それに植物たちが覆い始めていた

このままにしていたらまるで自然な山になってしまうように。

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不思議な光景だった

住宅が建ち並んでいたところも

整理された畑や田んぼがあったところも

何もなくなってから、1年以上たっても手がつけられない(つけようがない)

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海水の塩分から芽吹いても枯れてしまう植物

そして強く育つ植物

まるでカンブリア紀

この土地が自然の力で新しく形成されて行く瞬間を感じた。

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何度も訪れている場所も

どこを走っているのかわからないほど無くなっている

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いつか友達とホッキメシを食べに来たお店も無い

看板が「そこにあった」と知らせてくれるだけ。



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岩沼と名取の間

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仙台空港

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クルマを止めてNassyと

しばらく黙って空を眺めていたよ




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2012.07.12 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 東日本大震災

CUBE

2012年3月29日(木)


なんにも無くなった蒲生地区。

残された小さな橋のガードレールだけが

「ここはあそこだったんだよ」と理解させてくれる。


海から少し離れた工場地帯で見た光景

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これは

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すべて

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津波に流された

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自動車

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タクシーも

軽四も

メルセデスも

古い車も

納車されたばかりの新車も

全部同じカタチ

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果てしなく積み重ねられた

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四面体




瓦礫と呼ばれるモノも

この四面体も


すべてこれはゴミじゃない

思い出がいっぱい詰まってる

人に大切にされてきたモノ



今、君が大切にしているそれ。






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2012.03.31 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 東日本大震災

蒲生干潟

2012年3月29日(木)


僕は仙台にひとりで来てから

よくカメラを持って出掛けた場所があったよ


生き物たちが活き活きしている場所

蒲生干潟。


是非、当時の僕のスロートリップ先に飛んで見てほしい


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よくクロベンケイガニに遊んでもらったものさ

2006 SLOW TRIP Vol.30 「蒲生干潟 : インヴィテッド・バイ・カイト」
http://www.kenichikikuchi.com/slow_trip/slow_trip2006_30.html


友達のJJが仙台に来てからも遊びに行ったよ

HIROSHI CHALLENGE #012 カニ

http://youtu.be/lqlkOsAIaL0


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ここには日和山っていう日本で二番目に低い山があったんだ

2007 SLOW TRIP Vol.04 「蒲生干潟 : ホリデイ・オブ・ザ・バーズ」
http://www.kenichikikuchi.com/slow_trip/slow_trip2007_04.html


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そう「あった」んだ。


なんにも無くなってた

鯉の養殖場も、料亭も、乗馬場も、たくさん民家も





いつか僕が見たのは

雫の中に閉じこめられた逆さまの世界

それは一瞬で弾けては次から次にまた生まれた

2007 SLOW TRIP Vol.019 「 蒲生干潟 : LIVE ON 」
http://www.kenichikikuchi.com/slow_trip/slow_trip2007_19.html

僕は生まれ変わるのを信じています。




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2012.03.30 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 東日本大震災

「みちのく音楽魂」 ~エピローグ~

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2011年9月4日(日) みちのく音楽魂
時間: 10:00~
会場: 宮城県慶長使節船ミュージアム(サン・ファン館)
住所: 宮城県石巻市渡波字大森30番地2
http://ms-michinoku.com/




菊池健一 with Nassy も参加した渡波生まれのToyoサンが中心となり実現させた石巻での音楽イベント

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photo by Makky




「みちのく音楽魂」 ~エピローグ~




2012年3月14日(水)

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正午。

Toyoサンと、なーサンの作ってくれたオニギリと玉子焼き頬張りながら石巻へ

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なーサンの鮭オニギリ美味いっ! 玉子焼きも僕の好きな甘いやつさ!

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石巻市内へ入ると

高く晴れた空と現況とのギャップに戸惑う

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どうにも

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1年経ったところで変わりはしないのです

ラジオやTVで「被災地に何々が出来ました!」とか明るく励ましてくれようとする話題が出ても

実状はこの通り。

だから何年、何十年経とうとそれぞれの出来る支援を継続することが大切。

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映像でも繰り返し放送された

津波が押し寄せて氾濫した北上川

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閉館が続く石ノ森萬画館へ

石ノ森萬画館
http://www.man-bow.com/manga/

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たくさんの人からのメッセージがいっぱい描かれていたよ

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そして石巻の創業90年、歴史ある楽器店、サルコヤさんへ

店の向いで日本猿を飼っていたからサルコヤってToyoサンが教えてくれたよ

記録的に長生きした日本猿は震災で亡くなったと聞いた


サルコヤ
http://www.sarukoya.com/


今回石巻へ来た理由は

去年開催した「みちのく音楽魂」で集まった支援金を全て使い

渡波小学校の生徒たちが使用する鼓笛隊用の楽器を購入し寄贈しようと考えたもの。



明治6年開校の渡波小学校の鼓笛隊が地域をパレードするのが多くの人が経験する伝統。

震災後、鼓笛隊の勇姿が励みになるので、、と多くの地域の人たちから学校に問合せがあったと聞いたよ。



Toyoサンと話したけれど、どこの地域でも卒業して点々と離れて行く人たちを結びつけるのは

母校の校歌だったり児童歌だったり。

だからこそ途絶えさせてはならないものと考えたToyoサンの回答。



みちのく音楽魂に参画した仲間たちはきっと大賛成してくれるはず


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サルコヤさんもやはり震災の被害にあって

サルコヤ社長のピアノ再生プロジェクトが多くのニュースで取り上げられ

復興の象徴にもなっているのです


サルコヤ店舗復興までの歩み
http://www.sarukoya.com/fukkou.html

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先日は、僕も昔から大好きで2度札幌公演を観に行ったこともある

Cyndi Lauper湯川レイ子さんと駆けつけてくれたよ。

シンディは鍵盤ハーモニカを購入してくれたって!

涙が出て来てしまったよ、、。

シンディ、レイ子さんありがとう

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サルコヤ社長と。

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僕もついでにサルコヤさんで久々見つけた猿弦(正確にはヒヒ弦)を買ったよ


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石巻の街には石ノ森章太郎サンのキャラクターが点在していてとっても楽しい街なんだよ

故郷釧路も海の街で、なんとも以前から石巻は故郷を感じさせたんだ


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そして、現在は稲井中学校グラウンドに仮設校舎の渡波小学校へ

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体育館も共用し、様々な場面で仮設の不便を感じたよ

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でも生徒たちはとっても元気に走り回って

誰もが「こんにちわ!」と大きな声で挨拶してくれたよ

「コンニチワ!」

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前もって不足していた楽器をリストアップしてもらっていてね

教頭先生を通して楽器を寄贈させていただきました。


お話させていただく時間をもらえたので

気になる事を質問させていただきました

「現実としてもらっても困らないような支援物ってどういったものがあるのでしょうか?」

そして子供たちのことを。

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仮設校舎を案内していただきました

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音楽室も無いので倉庫のような部屋に使える楽器が集められていたよ

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ホント、すれ違う生徒たちみんな元気に「コンニチワ!」

でも教頭があとから「あの子は今、こんな状況で、、」と誰もが震災の影響を受けている現実を。

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理科室に入ったの20何年ぶりだろう

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まだ泥で汚れたままのフラスコ

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このただならぬ小学生時代をここの子たちは経験し、連帯しあってるんだね

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2日後には6年生は卒業式

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卒業おめでとう!

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近い将来、石巻で渡波小学校の鼓笛隊のパレードが観られのが楽しみだね



それからToyoサンと女川へ

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1年前の壮絶な状況からは景色は変わったけれど

たくさんの問題は何も解決していないのです

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Toyoサンとナポリタンを食べたら

ここのオーナーは「みちのく音楽魂」に協力してくれた方で驚いたり


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帰る途中の渡波地区

Toyoサンが昔住んだことがあるアパート

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みちのく音楽魂」に協力してくれたみなさんの気持ちをこうしてカタチにすることが出来ました

ありがとうございます!




2012年3月14日

みちのく音楽魂 会長Toyo & ミュージシャンを代表してKen




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震災直後からたくさんの物資を運んだToyoサンのCUBEも今回ラストラン

オツカレサマでした!




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2012.03.16 | | コメント(4) | トラックバック(0) | 東日本大震災

それぞれの311

2012年3月11日(日)


あの時間は、部屋でひとり

黙祷。



夜、地下鉄で街まで

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広瀬通からの裏通りでキャンドルに火が灯されて祈りを捧げる人達

今日は各地で同じ光景、鎮魂の祈り


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復興支援LIVEに駆けつけてくれたやっさんこと八島順一さん

振り返れば、震災から毎月仙台に来て活動してくれているんです。


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アフター・コンサートは、ミッキー兄貴の guitar bar

震災後「宿の無いやつは guitar bar に泊まれ」と言ってくれたミッキーさん

AM4:00 まで語り明かしたよ



それぞれの場所で、それぞれの思いを抱え、

迎えた1年目。

これから何十年とこの日を忘れずに、そして自分の出来る誰かのためのことを

続けて行こうと誓いました



所詮、僕らには音楽でしかそれを出来ないのですが

続けて行こうと誓いました





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2012.03.12 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 東日本大震災

黙祷

日曜日ではなかったけれども

こんな普通の日だったんだ一年前も。

何が起こって自分がどうなったのかまだわからない魂が無数に彷徨うこの地。

生かされた僕らには行動すべきことを確実に実行する必要がある。

正しいことを主張し団結出来る機会を逃してはならない。

時は解決しない。

何年経とうとも忘れない。




僕は仲間を信じる

人を信じる

音楽のチカラを信じる



そして亡くなった魂の想いを重んじて生きる





黙祷



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2012.03.11 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 東日本大震災

Canned Fish

石巻にある日本一小さな缶詰工場「木の屋」さん。


木の屋
宮城県石巻市魚町一丁目11-4
0225-23-1234
http://kinoya.co.jp/eccube/

2011_9_5c.jpg

震災直後に瓦礫の中から掘り出した70万個の缶詰。

食べるものが何も無かったあの時その貴重な食料を地域の人皆で分け合ったと言う。


そして9月4日のみちのく音楽魂、

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「お楽しみ缶詰」ラベルの無い中身不明の缶詰が販売されていました。

1缶200円。5缶買うと1缶サービスで6缶の大サービス。

「鯨」が当たれば1缶800円以上の高級品ですよ



そっそく朝食に1缶目開けました

パカッ!

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「三陸産 さんま水煮」缶!

美味いっ! 大袈裟じゃなくてこんなに美味いサンマの水煮食べた事ないよ

あまりに美味いのでペロリとたいらげ

2缶目に(笑)


パカッ!

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「金華さば味噌煮」缶!

美味すぎっ! これも間違いなく今迄食べたサバの味噌煮でナンバー1です

汁一滴までゴハンにかけていただきました。




そしてなんだろうこのワクワク感は

そしてなんだろうこのこみあげてくる涙は



海からの贈り物よ

たくさんの人達の飢えを救った缶詰よ




石巻よ、





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2011.09.06 | | コメント(4) | トラックバック(0) | 東日本大震災

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菊池 健一

Author:菊池 健一

facebook: KENICHI KIKUCHI 北海道釧路市出身仙台在住 唄うたい。レコーディング & デザイン事務所 ken's studio 代表。学生時代よりバンド活動、LIVE喫茶で毎週末弾き語りLIVE。1996年札幌を拠点に自作曲を書きため音楽仲間と全国を歌い歩く。2008年より仙台を拠点に活動本格化、あらゆる会場でLIVE、年間150本以上をこなし各メディアに露出。近年は八島順一氏(ハウンドドッグ)のギターとのユニット JUNxKEN が好評で毎回多くのファンを獲得中。2011年八島氏とSS氏と共同でレーベルJSK trinity を立ち上げる。2013年にはシンガーソングライターいがらし笑子さんのアルバム「kokorone 〜心音〜」をプロデュース。完成と同時にレーベル kokorone RECORDS を立ち上げる。

菊池健一公式HP

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録音・デザイン・写真

ココロネレコーズ

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所属レーベル: JSK trinity

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